新世界セッション

日記とか、色々。

しみじみ教 day2



帰り道。
以前の僕、否、〝僕ら〟に思いを馳せていた。
ぼんやりと、地図を見ないと自宅にすら辿り着けないくせに、それもせず。
いつの間にか、あの〝僕ら〟に思いを馳せることも忘れて、歩いていた。ただ、ぼんやりと。



白い犬に会った。
一軒家の庭のフェンス越しに、僕に向かってめちゃくちゃ吠えていた。内心ビビりながら、おまえはこの家を守っているのか?と心の中で語りかけた。それは自然な行為なのか、それとも刷り込みなのか。それをしていておまえは苦しくないのか。僕にはわからなかった。
それからしばらくして、頼りなさげな白い毛を思い出した。寒くないのかなと少し心配になった。


おばあさんと花に会った。
おばあさんは片手に3輪の黄色い花を持って、僕とは反対方向にゆっくりと歩いていた。その花は食卓に飾られるのだろうか。それとも手向けられるのだろうか。
おばあさんは、どんな気持ちで、どんなふうに、その花を摘んだのだろうか。無事におばあさんが家まで帰ったとして、その家は暖かいだろうか。
あたたかいといいな、と思った。


散歩をする女性と黒い犬に会った。
リードで繋がれたその犬に、リードで繋がれているのは苦しくないのか?と心の中で語りかけた。ちゃんと大切にされているのか、愛されているのか、心配になった。
女性に、リードで繋ぐのは愛ゆえですか?それとも面倒だからですか?と心の中で語りかけた。女性には家族が居るのだろうか。居るにしても居ないにしても、どんなふうにその犬を迎え入れたのだろうか。
愛があるといいな。ほんとうに、そう思った。


コインランドリーに会った。
それだけで泣きそうになった。また来るよとだけ心の中で語りかけた。おまえはいつも僕を優しく包んで安心させてくれるね。おかげでおまえの前では泣いてばかりだよ。でもいつも助けられてる。ありがとうね。
おまえにも、おまえを優しく包んでくれる存在は居るのかな、居たらいいな、この町とか。半ば祈りながら、そう思った。


急な下り坂も、自動販売機も、看板も、道路も、その時々の場所から見える景色も、たしかにそこに居た。
僕はただぼんやりと、少しだけしみじみと、歩き続けた。



意外なことに、勘で自宅まで辿り着いた。
だいぶ遠回りをしたみたいだけれど、それはそれでいい気もした。

玄関で靴を脱いで、ああゴミ出しをしなきゃと思いながら、鍵をいつもの場所に置いて、暖房をつけた。
コートを掛けて、ポケットの中身をいつもの場所に置いて、手洗いうがいをしてから、気づいた。
そうだった。


「ただいま」──「おかえり」


僕の他に住人は居ない。僕の居場所に、家に、そう言って力なく笑った。

家という場所に安心してただいまとおかえりを言えるというのは、やっぱりとても、幸福なことなのだ。
そんな大事なことすら忘れてしまうほどに、最近は切羽詰まっていたんだなあ。

そんな僕をいつもあたたかく迎え入れて、見守ってくれているこの家に、心からありがとうと言える人間になりたい、そう思った。



お布団はやはり素晴らしい。
ふかふかで、気持ちよくて。そして僕はこのお布団にだけでなく、この家にも世界にもみんなにも、見守ってもらっている。

チュッパチャプスのラムネ味は幼い頃に好きだった味のひとつで、こんな味だったっけ、なんてことを思いながら、しみじみと、なんかあったかいなあと思った。


こういうのも、〝しあわせ〟と呼ぶのかな、と。